にゃんこ日記2

4歳幼稚園児の長男と1歳の長女の育児に奮闘中!

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鹿児島のセカンドハウスに来ています

右も左もわからない未知の世界。
旦那は仕事。。

でもでも!

mixiで知り合ったぺろちゃんに、着いた翌日早速市内の買い物スポットを
案内してもらい、良い買い物ができました

普通だったら知らない土地で孤独だったとこだけど、mixiのおかげで
友達ができるなんて、mixi様様です

滋賀との違いは
空気が南国
スーパーでエコバッグがそれほど浸透してなくて、子供連れだと袋に入れてくれる
スーパーやドラッグストアは多いけど、滋賀と同じ系列の店はほとんどない。
電気屋さんは同じだけど。。
スーパーの野菜はほとんど九州のもの!
なんとなく安心
鹿児島産の豚肉も普通に安くで売っている

まだ来たとこなので、こんなとこかな?

週末は指宿まで旅行
せっかく海がキレイだろうけど、はるくんが海を怖がるので、プール付きのホテルでのんびりしまーす
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うっかり「電車で買い物行こっか」と、いらんこと言ってしまったばっかりに、子ども2人連れて電車で買い物に行くことになりました。
電車に乗ると外を眺めてウキウキのはるくんに、初ローカル電車に興奮気味のみーちゃん。
たまには電車もいいな~と軽く思いました。

買い物途中、眠くなったみーちゃんは泣き出し、仕方なくスリングで抱っこし、はるくんに「ベビーカー乗っていいよ」と言うと「いいの?!♪」と、すぐさまベビーカーに乗り、次に見た瞬間寝てました…

だから車で行こうと言ったのに!!!

みーちゃん抱っこしながら重たいベビーカーを押し、駅に着いたら、次の電車は20分後…

20分もあれば家の近くまで帰れるし

もう少しブラブラしに行こうかな という気力もなく、みーちゃんも寝てしまい、今寝ている子ども2人と電車に乗って帰ってるところです…

無駄に疲れた…
はるくんは今日で4歳2カ月になりました~
最近近所のお友達の家に1人で遊びに行っては
戦隊モノを学んでいるらしく、ついに初めての戦隊グッズ
ウルトラマンの人形を買わされました~
まぁ、音の出るベルトとかに比べると値段もかわいいもんだけどね。。

今日から体操教室に行ってます。
家で飛んだり跳ねたりしてるので、前から体操させたいな~と思ってたので。
でも、集団で先生の言うこと聞いたり、みんなと同じようにしたりすることに
なれてないので、最初から最後まで大泣き
途中何度も辞めてもいいかな~と思ったけど、帰り際「楽しかった」と
もう少し続けてみようかな・・・

三輪車を「ピクルス」と名付けたようです。。(ハンバーガーキッドの馬の名前)
ハンバーガーキッドと同じように「はいよーピクルスー!」と三輪車をこいでます。
ちょっと恥ずかしいです

みーちゃんは明日で8カ月になります(早い)
やっと喘息も治まってきて、3種混合2回目が済みました。
冬は予防接種が思うように進みません。
ポリオまでに3回済んで間に合うか?!

ハイハイの練習中です。
四つん這い→お尻を高く上げてみるがバックする→ズリバイで少しだけ進む
と日々進歩です
自分の思うように動けないと自覚し始めたのか、泣くことが増えました
おすわりも2~3分ならしっかりできるけど、まだ前に倒れます。
でも、後ろ向けチャイルドシートに寝かせようとしても座ろうとするので
前向きにしてみたら、私の顔が鏡越しに見えるし、私もみーちゃんの顔が見えて
楽しくなりました

歯は生えかけてるけど、まだ顔出してません。
おっぱい飲むとき痛い

朝一番でトイレに連れて行くと、100%おしっこが出て
2日に1回くらいウンチもできます
でも、あまりしつこくトイレに連れて行くと、ちょっと飽きてきたみたい
2月26日に義母の四十九日が終わりました。

でも、お墓がないので、お墓か納骨堂か、主人とずっと悩んでて…

お墓がないなら自分たちの将来のことを考えて建てようと思っても、墓地の空きがないし、後々お世話する人がいなくなって無縁仏になるかもしれない…
お寺の納骨堂だと、お寺がお世話してくれるが、壇下に入って何かあるたびお参りして包んで…としてると、けっこうお金がかかる。
そんなに信仰が深いわけでもないし…

しかし、縁あって永代供養して下さるお寺さんにお願いできることになりました。
納骨堂は鍵つきロッカーのような立派なものではないけど、お釈迦様の下のスペースなので、義母もきっと心強いと思うし、住職さんもとても良い方でした。

仏壇も、お葬式をした公益社さんのおかげで、良いものを買うことができ、義母のことはひとまず落ち着きました。
2011年1月12日、義母が亡くなりました。

2010年10月25日(月)病院で検査し、かなり病状が悪く翌日入院、木曜日には手術になりました。
病院にかかり病気が悪いことを知らされたときは、全く予想もしていなかったので私もパニックになり・・
1人っ子の旦那もいてもたってもいられず、その晩は実家で義母と過ごしました。
でも義母はあまり驚いた様子もなく「なってしまったものは仕方ないな」と言ってました。
手術前の医師の説明は、ホントに驚くほど病状が悪く、旦那はただ茫然とし、私は義母の身に起きていることとは信じられず他人事のようでした。
義母の命が長くないことを知り、今まで親孝行なんて全然できてなかったけど、後悔しても仕方ないので、これからできることはしようと毎日面会をして、孫と一緒に過ごす時間を持つことにしました。

大きな手術も無事に終わりましたが、次第に食べられなくなり、もともと細かった義母もガリガリに痩せてしまいました。
食事がきても2~3口しか食べなかったり、しまいには配膳すら拒否。
みかんなら食べられると、みかんはよく食べてました。

高い熱が毎日のように続き、それも義母の体力を奪いました。
夕方になると熱が上がり、一晩に3回も4回も着替えることもありました。
入院してから頭にアイスノンを欠かしたことがないくらい。。

クリスマスは家で・・と思いましたが、義母もしんどそうで帰れなかったので、クリスマスプレゼントに靴下とレッグウォーマーを渡すと、喜んでくれました。

年末から急に具合が悪くなりましたが、元旦にはおせちを持って行ってあげると、少し食べれました。
体調が良さそうだったので、短時間でも外出するように強く勧めてみたけど、大みそかから大雪で、すでに義母は歩くこともしんどい状況だったので、できませんでした。
1月3日、面会に行くと、息も絶え絶えといったかんじで、もういつ急変してもおかしくないな~と旦那と相談し、お正月だったけど親戚に「会いたい人がいたら来てほしい」と伝えると、みんな来てくれて、結果的に賑やかなお正月になりました。
1月4日から先生が仕事始めで、積極的に苦痛を取る薬を使って下さり、母も少し楽そうでした。
「靴下をはかせて」と言った義母の足はカサカサ。
入院してから一度もお風呂もシャワーも入ってなかったので、たらいにお湯を汲んで洗ってあげました。
そのあたりから義母の体調の良い時を選んで清拭もしてあげました。

1月7日、病院に行くと、師長さんから個室へ移る説明があり、義母もショックだろうけど個室へ移りました。
そばで見てると呼吸がおかしく、10秒の無呼吸で体を動かすこともなく、話しかけるとかろうじてうなずく程度。
これは呼吸が危ない!と旦那に帰ってきてもらい、その翌日から連休ということもありから旦那と私で24時間付き添いました。
親戚の方も協力して1泊してくれました。

1月11日から血圧が測りにくく、触診で60台。
お腹が張ってしんどいということで、鼻から管を入れてもらいました。
すごく嫌だったみたいで「はずして」と言いました。
これが私にとって義母の最後の言葉になりました。
酸素の値も急に下がり、酸素マスクをしたけど、何度も振り払い、手も冷たく値も測れなくなったので、酸素マスクははずしました。

1月12日、旦那が朝7時に帰ってきたので、交代で病院に行きました。
血圧は測れず、手足も冷たかったですが、義母は声をかけるとわかっているようで、しんどいのか体を右向いたり左向いたりしていました。
義母のお姉さんが10時に来て下さり、11時に交代で家に帰りました。
みーちゃんが9・10日と熱を出してて、ブツブツが出てきて突発だったので、寝させてたら、14時に旦那から電話があり、用意をしてかけつけたけど、間に合いませんでした。
でも、旦那や兄弟が見守る中だったので、お義母さんも安心されたのでしょう。

私にできることはしたつもりですが、あまりにも早すぎるお別れに、いまだ信じられないかんじです。

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